作・演出=嶽本あゆ美
9-10月 紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
1900年に帝王切開で生まれ、母と強いきずなで結ばれた美学者がいました。京大哲学科で人類の進歩の歴史を学んだ中井正一(―52年)です。中井は戦後の「新しい時代」の発足にあたって、ひとり尾道で市民文化運動を始めます。この文化運動は、風紋を描くように広島県下に浸透し、戦後民主主義の出発点の一つになりました。またその後に国会図書館の初代副館長となり、国民の教育と文化の発展に資する図書館法の成立に尽力しました。
しかしその歩みは多くの過ちと失敗を踏みしめたものでした。その波乱の半生を母、中井を支えた妻、後年の「この世界の片隅で」「荷車の歌」の著者であり、当時文化運動を共にした山代巴、三人の女性との関わりのうちに劇化します。作・演出は歴史劇の創作に意欲的にとりくむ嶽本あゆ美さん。期待の書き下ろしです。
1945年6月、元京都帝国大学哲学科講師の中井正一は、妻ミチと娘たちと故郷の尾道に疎開してきた。治安維持法によって転向を余儀なくされたが、予防拘禁を解かれたため京都から実家に身を寄せたのだ。尾道市立図書館長の職を得るが、戦中ゆえに閑職のようなものだった。戦争が終わり、治安維持法が廃止され自由になると、戦前の反省を踏まえ、ひとり文化運動に乗り出す。しかし、図書館主催の市民文化講座を企画し熱演するが、初め20人ほどいた聴衆は、その難解さに回を重ねるごとに減り、ついには必ず聴きにきていた77歳の母千代ひとりだけになってしまう。中井は再び深い挫折感を味わう……。