劇団民藝

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劇団民藝とは

民藝の歴史

 劇団民藝は1950年4月3日に創立。(前身は1947年発足の民衆芸術劇場=第一次民藝)築地小劇場、新協劇団など「新劇」の本流を歩んできた滝沢修、清水将夫、宇野重吉、岡倉士朗らによって「多くの人々の生きてゆく歓びと励ましになるような」民衆に根ざした演劇芸術をつくり出そうと旗あげされました。

滝沢 修

滝沢 修

清水将夫

宇野重吉

宇野重吉

清水将夫

岡倉士朗

岡倉士朗

 第一回公演はチェーホフ作『かもめ』。翌51年の三好十郎作『炎の人-ヴァン・ゴッホの生涯-』で滝沢修演じるゴッホが絶賛され、演劇集団としての地盤を固めました。主演の滝沢は芸術祭賞、毎日芸術賞をダブル受賞。さらに久保栄の『五稜郭血書』『日本の気象』、アーサー・ミラーの『セールスマンの死』、アンネ・フランク原作の『アンネの日記』、職場作家出身の堀田清美『島』など、リアリズムを基調とするアンサンブルと密度の濃い舞台づくりで、たちまち戦後新劇界をリードする劇団となりました。

1950年『かもめ』の舞台

1950年『かもめ』

1951年『炎の人 ヴァン・ゴッホの生涯』の舞台

1951年『炎の人 ヴァン・ゴッホの生涯』

1954年『セールスマンの死』の舞台

1954年『セールスマンの死』

1956年『アンネの日記』の舞台

1956年『アンネの日記』

 1950年代末に演出家の久保栄、岡倉士朗が逝去。代わって宇野重吉が日本初のソビエト現代劇となるアルブーゾフ作『イルクーツク物語』を演出、その斬新な手法が圧倒的な評価を得ます(芸術選奨受賞)。さらに創立10周年記念としてゴーリキーの『どん底』、久保栄記念として『火山灰地』二部作を総力をあげて上演し、「リアリズム演劇の確立」をめざす劇団として注目を集めました(テアトロン賞受賞)。また創作戯曲、海外戯曲をとわず大衆劇や実験劇も意欲的に上演、60年代は上記三作品のほかに、木下順二『オットーと呼ばれる日本人』(テアトロン賞)小山祐士『泰山木の木の下で』(テアトロン賞)島崎藤村『夜明け前』二部作(テアトロン賞)ミラー『るつぼ』(芸術祭奨励賞)ベケット『ゴドーを待ちながら』(紀伊國屋演劇賞)などが戦後新劇史に残る舞台として記憶されます。

1960年『イルクーツク物語』の舞台

1960年『イルクーツク物語』

1961年『火山灰地』の舞台

1961年『火山灰地』

1962年『オットーと呼ばれる日本人』の舞台

1962年『オットーと呼ばれる日本人』

1963年『泰山木の木の下で』の舞台

1963年『泰山木の木の下で』

 1970年には演出家菅原卓を亡くしましたが、宇野重吉がチェーホフ『桜の園』『三人姉妹』(毎日芸術賞、芸術祭優秀賞)木下順二『審判-神と人とのあいだ-』(紀伊國屋演劇賞)などを演出。滝沢修も『炎の人』『セールスマンの死』(ゴールデンアロー賞、紀伊國屋演劇賞)の演出・主演を手がけました。若杉光夫、高橋清祐、渡辺浩子(前新国立劇場芸術監督)、内山鶉なども演出家として登場しました。60年後半から70年代は上演演目の幅を広げ、多い年には年間14作品を上演。飯沢匡、山本茂実、加藤道夫、庄野英二、大橋喜一、吉原公一郎、松本清張、秋元松代、金芝河、山本周五郎、野上弥生子、矢代静一などの創作劇、 海外戯曲ではモーム、ロマン・ロラン、ドルーテン、ウェスカー、サルトル、シェイクスピア、カミュ、テネシー・ウィリアムズ、ルナール、ロルカ、ムロージェックなど多彩な作品群が並びました。

その後、演出も渾大防一枝、兒玉庸策、丹野郁弓らが加わり、レパートリーに清水邦夫が登場するのが1980年『わが魂は輝く水なり』(演出・主演の宇野は紀伊國屋演劇賞を受賞)と83年『エレジー』。黒井千次の『家族展覧会』、吉永仁郎『すててこてこてこ』、ブレヒト『第二次大戦のシュベイク』ゾラ『居酒屋』、初の中国劇の曹禺作『日の出』などもとりあげられるとともに、近代古典の見直しもおこなわれ、劇作派の岸田國士『驟雨』、内村直也『タナトロジー』、小山祐士『十二月』、武者小路実篤『息子の結婚』、山本有三『嬰児殺し』などを上演。また木下順二の『おんにょろ盛衰記』『三年寝太郎』で、幟を立てて全国の町や村をまわった”宇野重吉一座”の活動も特記されます。

1986年『おんにょろ盛衰紀』の舞台

1986年『おんにょろ盛衰紀』

1986年『三年寝太郎』の舞台

1986年『三年寝太郎』

北林谷栄

北林谷栄

大滝秀治

大滝秀治

 1988年に創立者の宇野重吉、2000年には滝沢修が故人となり、2010年に北林谷栄、2012年には大滝秀治が鬼籍に入りました。現在は奈良岡朋子をリーダーとして、梅野泰靖、内藤安彦、水谷貞雄、鈴木智、伊藤孝雄、塩屋洋子、樫山文枝、日色ともゑ、箕浦康子など約180名が活躍。東京公演は年間5作品をラインナップし、全国各地で年間250回前後の公演を重ねています。また、創立の翌年に発足した後援会「民藝の仲間」は、東京のほか全国10ヶ所に事務所を持ち、約5000名の民藝ファンがいます。今後も、芝居を観る楽しさと、時代と向き合い、現代とは何かを共に考える演目を発信していきます。また若手できり開くような、層の厚さを生かしたアンサンブルによる芝居づくりをめざします。