平成13年度文化庁芸術祭参加
文化庁・日本芸術文化振興会 舞台芸術振興事業
紀伊國屋書店提携公演

吉永仁郎=作  高橋清祐=演出

静かな落日広津家三代―

2001年
9月29日→10月12日 紀伊國屋サザンシアター
10月16日→27日 大阪・京都・岐阜・美濃・大垣・福井・浜松・春日井

戦後日本の黒い霧 松川事件に挑んだ広津和郎
明治・大正・昭和にわたる作家三代の姿を鮮烈に描く



解説

葛飾北斎、滝沢馬琴、三遊亭円朝、島崎藤村など、 かずかずの評伝劇を手がけている吉永仁郎が、 こんどは広津柳浪・和郎・桃子という 明治―大正―昭和の時代を駆け抜けた 小説家三代の姿を浮き彫りにします。

尾崎紅葉と並び称された人気作家の父柳浪、 その息子の和郎は近代知識人の姿を鋭く描き、何よりも松川裁判に生涯をささげた。 和郎の娘桃子は父の死後、本格的に執筆活動に入りいくつもの作品を残した。 時代に抗し一貫して人間の真実を追求した広津家三代の姿。

複雑な家庭環境のなかで愛に飢え、愛を育みながら、 人間への信頼とやさしさが脈々と受け継がれ、現代人の胸をうちます。




ものがたり

下山事件、三鷹事件と国鉄にかかわる怪事件がつづく1949年。
8月17日午前3時ごろ、福島県の松川付近で列車が転覆、多くの死傷者を出した松川事件。
事件発生から政府は、国鉄労組員ら数人を容疑者として検挙、第一審で死刑4人をふくむ重い判決が言いわたされた。

この裁判の不当さ、非人間性をかぎとった広津和郎は、友人の作家宇野浩二とともに、のこる人生をかけて娘桃子と裁判記録にとりくみ、ペンを武器にたたかいつづけた。63年、ついに最高裁の最終無罪判決が出る。

この作品には先輩の志賀直哉も登場、広津和郎が父柳浪からうけついだ反骨精神、娘桃子に託した作家魂がほんとうの人間的なやさしさとともに鮮烈に浮かびあがる。



キャスト

広津和郎(作家)………………………………伊藤孝雄
松沢はま(和郎の妻)…………………………仙北谷和子
広津桃子(和郎の娘)…………………………樫山文枝
広津柳浪(作家・和郎の父)…………………水谷貞雄
広津桃子(女学生時代)………………………永田亜矢子・加藤絹子
宇野浩二(作家・和郎の友人)………………嶺田則夫
志賀直哉(作家・和郎の友人)………………新田昌玄
赤間勝美(松川裁判の被告)…………………千葉茂則
安藤貞男(取調べの証人)……………………伊東理昭
飯島義雄(取調べの証人)……………………武藤兼治
兼子ツヨ子(取調べの証人)…………………相葉早苗・星野ゆか
赤間ミナ(取調べの証人・勝美の祖母)……披岸喜美子
武田辰雄(警察官・巡査部長)………………松田史朗
玉川正(警察官・警視)………………………大場泉



樫山文枝(広津桃子)

NHK朝のテレビ小説『おはなはん』で お茶の間の人気を独占、数々の賞を受賞。
おもな舞台は『三人姉妹』イリーナ(芸 術祭優秀賞)、『山脈』村上とし子、
『夜
明け前』お民、『人形の家』ノーラ、『エ マ』エマなど多数。
最近の舞台では『根岸庵律女』衣川登代、 『かの子かんのん』岡本かの子など。

水谷貞雄(広津柳浪

1962年、劇団員となる。民藝の舞台を支えつづけるベテラン俳優。
民藝の代表演目『アンネの日記』のオットー・フランクを長い間演じてきた。
その他にも『桜の園』フィールス、『三人姉妹』アンドレイ、『グレイ クリスマス』
三橋、『巨匠』通訳を演じるなど、民藝の舞台では欠かせない俳優である。

伊藤孝雄(広津和郎)

実力を兼ね備えた演劇界屈指の二枚目俳優。
『汚れた手』『白い夜の宴』で紀伊國屋演劇賞を受賞。

おもな舞台も数多い。『かもめ』『転落の後に』『夏・南方のローマンス』
『第二次大戦のシュベイク』『泰山木の木の下で』。

最近でも『根岸庵律女』正岡子規、『かの子かんのん』岡本一平などがある。

新田昌玄(志賀直哉)

民藝の代表演目に要の役で数多く出演。
『るつぼ』ジョン・プロクタ、『七人みさき』光永健二、『夜明け前 第一部』青山寿平次
、『私は生きたい』クルト・ミューラー、『ナッツ』アロン・レヴィスキー、
『イルクーツク物語』セルゲイなど。

最近の舞台は『グレイ クリスマス』『おはなはん』『黄落』『桜の園』など多数。
  

仙北谷和子 永田亜矢子 加藤絹子 嶺田則夫 千葉茂則 伊東理昭
星野ゆか 披岸喜美子 松田史朗 大場泉 武藤兼治 相葉早苗





■広津和郎


小説家,評論家。硯友社の作家広津柳浪(りゆうろう)の次男として東京市牛込区に生まれる。早稲田大学英文科卒業。正宗白鳥やチェーホフ,アルツィバーシェフなどの影響を受け,創作や翻訳を始め,1912年舟木重雄,損西善蔵らと同人雑誌《奇蹟》を創刊。17年,同時代の青年像を〈性格破産者〉として描いた《神経病時代》で新進作家として認められる。また,《怒れるトルストイ》《志賀直哉論》などを収めた評論集《作者の感想》(1920)を刊行,評論家としての評価も高まる。昭和期になると文学者をとりまく時代の動向に関心を強め,小説《昭和初年のインテリ作家》《心臓の問題》などを発表。昭和10年代には独自の〈散文精神〉を説き,《忌の歴史》(1940)に庶民生活を描いた。戦後には松川事件と取り組んだ《松川裁判》(1958)や回想をつづった長編《年月のあしおと》(1963)などがある。大正・昭和にわたる文学活動の基調には,自由主義的なヒューマニズムと散文精神が一貫している。

■松川事件

1949年8月17日,東北本線の松川,金谷川間で列車が転覆し,機関士など3人が死亡した事件,およびこの事件をめぐる長期の裁判。この時期にはドッジ・ラインによる行政整理の強行,労使の対立の激化の中で,この年7月5日の下山事件,7月15日の三鷹事件と,国鉄をめぐる不穏な事件がつづいていた。事件の翌日の8月18日吉田茂内閣の増田甲子七官房長官は記者会見で,これは〈集団組織による計画的妨害行為〉であり,〈三鷹事件をはじめ各種事件は思想的底流において同じものである〉と捜査以前に事件を共産党の破壊工作だと示唆する政治的発言を行った。警察はこの事故は首切りに反対する計画的犯行だとして,国鉄労組福島支部や付近の東芝松川工場労組の共産党員らを逮捕し,検察はこの捜査にもとづいて20名の被告を汽車転覆致死罪で起訴した。翌50年12月6日第一審の福島地裁は,検察の主張を全面的に認め,死刑5名を含む全員有罪の判決を下し,さらに53年12月22日,第二審の仙台高裁も,死刑4名を含む17名有罪,3名無罪の判決を下した。しかし59年8月10日最高裁は,重大な事実誤認の疑いがあるとして,有罪部分を破棄し仙台高裁に差し戻した。仙台高裁は審理をくりかえし,61年8月8日全員無罪の判決を下し,さらに最高裁は63年9月12日,検察側の上告棄却の判決を下して,14年ぶりに全員無罪が確定した。事件が共産党弾圧のための政治的なでっちあげである疑いは初めからあり,作家の広津和郎ら文化人が真実究明に努力し,労働組合をはじめとする松川事件対策協議会の被告への支援運動が広範に展開されたことも,無罪確定への力になった。戦後日本における最大の冤罪事件である。なお,この事故原因は人為的工作によることは確かで,CIA の陰謀説なども存在しているが,真相は未だ不明である。




【公演日程】

●東京公演
9月29日〔土〕→10月12日〔金〕
紀伊國屋サザンシアター
(新宿駅または代々木駅下車徒歩約10分・客席数468)


●各地公演

【10月】
16日/大阪・近鉄小劇場

17日/京都府立府民ホール
19日/岐阜市文化センター
20日/美濃市文化会館
22日/大垣市文化会館
24日/福井市文化会館
26日/浜松市福祉文化会館
27日/春日井市民会館
29日/横浜・桐蔭学園



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