『静かな落日』と原発事故
福島演劇鑑賞会事務局長 笠原慶大
2011年3月11日という日を生涯忘れることはできない。大震災で福島演劇鑑賞会3月例会劇団青年座公演『赤シャツ』は延期になった。沿岸部から60キロ離れた福島市には、大津波の代わりに東京電力第1原発事故で放出された放射能がやって来た。以来、福島県民は国と東電に対して怒り渦巻く日々を過ごしている。最近も新米から基準値以上のセシウムが検出され大問題になっている。東電は大地震も大津波も発生しないし、例え発生したとしても原発は絶対に安全だと言っていたのではなかったか。全くの嘘っぱちだったのである。
嘘ということでは、2010年3月の福島演劇鑑賞会例会『静かな落日』で扱われた「松川事件」がそうだった。1949年8月17日に松川で起きた列車転覆で機関士など3名が亡くなり、20人の青年らが逮捕された上に、死刑や無期懲役刑が宣告されたのである。広津和郎は4年半の長期間『中央公論』誌上で裁判批判を続け、青年たちを無罪に導く最大のきっかけをつくった。手元に2007年に木鶏社から発行された『新版松川事件』がある。700頁を超える長編だが、私にとっては推理小説以上の知的興奮と、ホラー小説以上の恐怖と、恋愛小説以上の幸せな感動があった。それほど面白かった。この作品で広津和郎の真髄に触れた気がした。
その8か月後に『静かな落日』例会が控えていたので、地元紙の「福島民友」随想欄に読後の感想と共に舞台の紹介をさせてもらった。すると、1933年に松川で生まれた親父が「あの時16歳の俺は現場に見に行ったんだ。おまえ下手なことを書くと警察にしょっ引かれるぞ」と真顔で言った。あまりに時代錯誤な言葉なのでふざけるなと思ったものの、60年以上経っても親父に強烈な印象を刻み込んだ異常な事件だったことは確かだろう。「みんな無罪になったの知らないのか」と言っても信用しない。というか、死刑や無期懲役刑の判決が言い渡されたところで時が止まっている感じだ。実は会員の中にも無実を信じてない人がいて、冤罪による根深い疑念には年月を超えた負の生命力が宿っていることに驚かされる。そこで一つの疑問が頭をもたげてくる。私たちにとって国とは一体なんだろうかと。全く違う状況にもかかわらず、松川事件と原発事故が重なって見えてくる。
それにしても初演から足掛け11年のロングラン公演は快挙だ。全国の演劇鑑賞会・市民劇場の会員との出会いで磨かれた舞台が、さらに輝きを増して東京に帰ってくる。今、改めて『静かな落日』を観直したら、福島公演とは少し違った印象を持つような気がする。それが何か、2月の東京公演に駆け付けて確かめたい。忘れてはならない事件、読み継がれるべき本、感動を共有できる舞台、それが『静かな落日』のメッセージだ。

