『静かな落日』伊藤孝雄

テレ屋でシャイな人―広津和郎……伊藤孝雄

一番大好きな芝居『静かな落日~広津家三代~』が、10年ぶりに東京で再演できることを幸せに思っています。長い歳月のあいだ全国各地でステージを重ねつづけて、広津和郎役がライフワークのような仕事になりました。これからもできるだけ長く演じつづけることができればと願っています。

これまでどんな役でも自分自身よりはずっと上等な人間だと思い、役の人物を裏切らないようにと心がけて演じてきましたが、広津さんは本当に尊敬できる人です。俳優という職業をやっていると、どうしても自分を目立たせようとしたりしがちになるのですが、広津さんにはそういうところがまったくない。テレ屋でシャイな人なのです。

松川裁判のことでもドレフュス事件にたとえられたり、その苦労をねぎらわれたりしても、「いや、きみおもしろいんだよ、推理小説じゃないけれどおもしろいんだよ」としきりに言っていたそうです。1961年、仙台高裁差戻し審で全員無罪判決がでたとき、スポーツでいうならガッツポーズをとったりする気持ちになってもおかしくないのでしょうけれど、マスコミのインタビューにも訥々と答えられ、元被告の鈴木信さんにも一言「よござんしたね」と江戸弁で声をかけられたそうです。

広津さんはおしつけがましさや無理、不自然を嫌いました。座談の名手と言われましたけれども、エラぶったりせず、むやみに人を説得しようとしなかったのだと思います。人間の自然な心もちを大切にする、気持ちの温かい、寛大で公平な人だったのではないでしょうか。判決批判にしてもその不自然さに我慢がならなかったようです。また同時に被告たちが不利にならないよう実に繊細な配慮をはらっておこなっています。本当の意味での正直で、誠実で、聡明な人だったのだと思います。

長く演じ続けてきて、最初のころはどう演じたら観客にドラマチックに見えるかなどとあれこれ試してみたのですけれど、広津さんという人はそういうことではないのだとだんだんと身に染みてわかってきました。広津さんは頭のいい人だったのですが、自分のこととなると間が抜けていて、麻雀好きで骨董趣味の人間味あふれる人です。女性にも大変モテたそうです。いまはふつうの人として、舞台で日常のように自然に生きられたらいいなあと思っています。

昨年は東日本大震災がありました。私は岩手県一関市出身で、震災直後は家族と連絡がとれず不安な日々を過ごしました。そのあとに長野県でも大きな地震がありました。9月には大型台風のため沼津で公演が延期になったりするなど、各地で記録的な大雨もありました。被災した方々のことを思うと胸が痛みます。あらたな気持ちで、広津さんの「散文精神」のように、どんな事があってもめげずに、忍耐強く、執念深く、みだりに悲観もせず、楽観もせず、生き通していきたいと思っています。(談)

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